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  • 2018.10.07 Sunday
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Maha Rudram Yagnya

9月2日 富士吉田市で開催された護摩焚きに行ってきました。

 

インドから僧侶12人と楽隊4人、少数ではありましたが

 

密度の濃いものでした。主催者の意向によりほとんど無料で参加

 

させていただきました。アビシェーカムもさせていただきました。

 

現地は朝15度で寒く前日の雨でカーペットが濡れたり、屋根のビニールシート

 

に水が溜まったりしました。

 

 


南インド    2000年  その4

JUGEMテーマ:旅行

 

アーユルヴェーダのパンチャカルマを受けているときに

 

ベンガルールのシヴァナディを見に行きました。俗にいうアガスティアの葉

 

と言うものです。ベンガルールにはシュカナディと言うものもあるようです。

 

過去の悪いカルマを取り除いて良き人生を歩むためにいくつかの寺院で供儀をして

 

お布施をすると言うものでしたが、お寺参りをしてみました。面白かったです。

 

それがどうなっか、ご利益があったか、カルマの解消になったか

 

ということは、今となってはよくわかりません。

 

もう十七年も前の話です。今後に幸運があるように願うばかりです。

 

それでは また続く

 

 


南インド    2000年  その3

JUGEMテーマ:旅行

 

プッタパルティの郵便局の近くに

 

Dr.Rao ayurvedic Yoga Center がありそこで

 

パンチャカルマを受けました。パンチャは5と言う意味

 

5つの浄化法です。オイルマッサージ、小食断食、バスティ(腸内洗浄)

 

スティームバス、泥を肌に塗る療法、頭を炭火で炙る療法を受けました。

 

比較的安価で一カ月十数万円だったと思います。宿泊料、診察、治療費込みです。

 

日本では腸内洗浄は医師の下でないと出来ないと思います。

 

そこで知り合いになった人に導かれて私はオウストリアに旅行に行くことになりました。

 

行ったのはヴィーン、グラッツ、シュタイアーの三つの都市でした。

 

シュタイアーは綺麗な所で二つの川が合流していました。  続く


南インド    2000年  その2

JUGEMテーマ:旅行

プッタパルティ ババのダルシャンの時

 

ババはUSA Hollywood から来ていた人に

 

ビブーティを与えられた、その人はHollywoodと書かれてたスカーフを首に巻いていた。

 

出されたビブーティはクリーム色で一般的に言われている灰色ではありませんでした。

 

その時の状態でビブーティは変わるようです。ババのアシュラム内はとても過ごしやすいもの

 

でした。しかし長期滞在は出来ないので、アーユルヴェーダの勉強をするとして、少し離れた

 

ドクターラオの治療院に宿泊することにしました。そこでパンチャカルマを受けながら

 

アシュラムに通うことにしました。朝はアシュラムまで遠いのと野良犬が多いので

 

リキシャを使うことにしました。馴染みのリクシャーに朝6時ごろ来てもらって

 

10から15ルピーを一回に払ったと思います。

 

ドクターラオ治療院は面白い所でした、アメリカ人が多かったですが、色々と話が出来ました。

 

日系の恵さんと言う方もいて話が出来ました。そこには一時他の日本人もいました。

 

名前は忘れましたが同郷の男性でした。介護施設で働いていた人でした。

 

2017年8月現在 介護業界は人手不足で仕事がしたい人はその業界で働かれてはどうでしょうか。

 

滞在型の施設(特養 有料老人ホームなど)は夜勤があってきついですが、デイサービスなどは

 

どうでしょうか、。夜勤手当ないぶん安いですが我慢出来ればその地元で働けると思います。続く

 

 


南インド    2000年  その1

JUGEMテーマ:旅行

 

2000年 南インドはプッタパルティと南インド、レメディの旅となった。

 

仕事で傷ついた自分を癒すため行ったインド、。

 

インタビュールームで最後の一人になってババは金色の手提げバッグ

 

から黄色の小さなパケットに入ったビブーティをわしづかみにして

 

下さった。一つ包みが落ちたがババは拾って渡して下さった。

 

その時ババは一人一人に仕事は何してると聞かれました。

 

私はoooooで働いていました。というと一言oooooと同じことを言われました。

 

ババは法悦の状態で祝福をされました。

 

その後、チェンナイに行ってアガスティアナディを見に行きました。

 

ナディは出てきました。レメディの依頼をして、お寺周りもしました。

 

マイラプールと言うお寺参りもしました。 続く


南インド  1995年  その4

JUGEMテーマ:旅行

 

過去の旅行の備忘録

 

シルディサイババ の像に神聖灰を振りかける供儀

 

ビブーティアビシェーカムは

 

カストゥーリジが像の上に逆さに壺かざしてババがそこに手を入れると

 

その壺からおびただしい量の灰が出て像に振り掛けますが

 

量は壺の容積の何十倍も出てきます。

 


https://www.youtube.com/watch?v=lnCwebH0gyk

 

灰が出る時は壺がとても重くなるそうです。

 

 


南インド  1995年  その3

JUGEMテーマ:旅行

 

プッタパルティの西、ブッカパトナム湖は2000年当時満々と水を湛えていましたが

 

2017年は干上がっていました。しかし用水路が整備されて

 

灌漑用水路が引かれて導水されるニュースが今年の五月ごろに

 

流されて人びとがその水に飛び込んで喜んでいました。

 

水は大切、多すぎても困りますが、少なすぎても困りものです。

 

最近になってそのことがわかりました。グーグルアースで

 

2017年7月現在はブッカパトナム湖は干上がっています。

 

https://www.youtube.com/watch?v=zqWIwllzFGA

 

 


南インド 1995年 その2

 ババのダルシャンの時、お盆いっぱにキャンデーを持って

 

マンディールに入る人が何人かいて、ババはそのお盆のキャンディーを

 

掴んでばらまかれていました。よく見ているとキャンディーの中に手を入れて

 

掴めるだけ目一杯掴んで投げていました。手に持てるだけ持つというように

 

渾身に掴んでいました。というわけでそのキャンディーはプラサードと

 

人びとからは言われていて大事にいただかれていました。

 

後にマンディールに入るには荷物チェックが厳しくなって持ち込めなく

 

なりましたが、以前はカメラも持込が出来ていました。

 

その前はマンディールの建物がなかったんでチェックとか出来なかった

 

と思います。   続く、。


南インド 1995年

JUGEMテーマ:旅行

 

 1995年3月、十数年ぶりにインドへ行った記憶を

 

メモ代わりに書き出してみます。

 

初めて南インドに行ったとき、エアインディア、成田発ムンバイ経由バンガロール着

 

で行きました。当時はバンガロール乗り入れ便はシンガポール航空しかなかった

 

ようで、それも知りませんでした。今ではバンガロール(ベンガルール)乗り入れ便は

 

タイ航空、マレーシア航空、キャセイパシフィック航空等ベンガルールの空港が

 

ケンペゴウダ国際空港に代わってからはたくさん乗り入れています。
エアインディアも今はデリー経由で早く行けます。エアインディアは当時はムンバイ経由しかなく
ベンガルール当日乗り入れは出来ませんでした。
向かった先はプッタパルティ、。航空機チケットはHIS手配。
ベンガルールの空港からインドの車アンバサダーに相乗りで4時間かけていきました。
今は空港も移転して近くなりそれに高速道路でわずか2時間で行けます。
時代は変わった。しか肉体のババのダルシャンは受けられません。
肉体のババのダルシャンはプレマサイまではしばらくの辛抱でしょう。
プッタパルティでは、はじめシェッドと呼ばれる倉庫のような所に
寝泊りさせていただきました。一泊10ルピー位で、ヨーロッパ人もいる
外国人シェッドにしばらくいました。シバラトリが終わってアシュラムが
空くと4階建て位のベットも何もない部屋に3人で相部屋となりました。
エクアドルともう一人の南米の人と相部屋でした。
アシュラムには日本人が多数いてグループになってそして毎日ミーティングもあって
楽しく過ごさせていただきました。アシュラム内の食事はとても
恵まれていておいしいものでした。ウエスタンキャンティーンでは
西洋風の食事が格安で出来てとても助かりました。しかし下痢はしました。
1995年は阪神淡路大震災のあった年です。
その時、運よくババのグループインタビューを頂きました。
インタビューの内容は 神は遍在 と言う本の中に残されています。
指輪の物質化も見ていましたが、何が起きたのか見ていてもわかりませんでした。
物質化した指輪を見るととても精巧に出来たものでこんな精巧なものが
人間に出来るのかと思うくらいに精巧なものでした。このぐらいで後に続く、。

ババ様 逝く

 以前より体調悪化にて入院されていた サティヤ サイババ様

が昨日お亡くなりなったそうです。

http://www.youtube.com/watch?v=jGsbggueMWY


日本からは何万人もの方々がババ様に会いに行かれたと思います。

ババ様は肉体を離れることは、古くなった服を脱ぐようなものだと

言われていました。このブログも霊的探求の旅の紹介が開始の動機でした。

それがいつの間にか、愚痴るストレス発散の場になってしまいました。

 復活が待ち望まれますが、それは人々が思いもよらぬ形でなされる事でしょう。

ババ様のことはイロイロと言われていますが、その真実を知るには

ババ様の御講話等を読まれて、その内容を理解しそれを体験することで

わかることだと思います。


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